適当にしますかぁ
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アイちゃん乗りにきてぇ
2007年03月21日 (水) | 編集 |
ユウくん何に乗るの?
電車に乗りに来て欲しいんだぁ
いままたローカル線の旅が見直されてるからねユウくん
たしかに都会の騒音を避けてひなびた風景に浸るのもいいかも でもアイちゃんそれではローカル線は存続できないよ!もう全国で42路線が廃止されたんだたった二年の間に!
そうかもね地元の人達のことを考えないとね
そうだよだからもっと鉄道を利用してほしい環境のためにもまた心のリラックスのためにも
わかったわユウくん私も鉄道の旅をするわ
それでアイちゃん三岐鉄道北勢線にも乗りに来てぇ 温泉もあるから
ユウくん乗りにいくわ ひなびた駅に田園の景色を見てリラックスするわ!
アイちゃんそれは無理だわ 確かに小さな電車でローカル線で最高時速45キロでドンくさい電車だけど公的資金45億円かけて全駅改修してるからひなびた駅なんて一つもないよ全駅自動改札にバリアフリーに障害者用トイレまでほとんどの駅に完備されているから
ユウくんそれじゃあローカル線で心リラックスなんてできないじゃない!
アイちゃんそれは都会の人のワガママだよ毎日使うほう身になって考えたら
ん~ユウくんの言うとおりだわ じゃあ新しくなったローカル線に乗りにいくわね!
アイちゃん待ってるからね!ちなみにしたの写真はまたオープンした新しい阿下喜駅近くに温泉もあるからのりきてぇ!
ageki

それじゃあ心の病久しぶりに投稿しようかなぁ
ホナスタート
心を「今に置く」
「母なるもの」をもった母親のもとに生まれた幸せな人は、簡単に「今に生きよう」と言う。
しかし簡単に今に生きられれば、誰だって今に生きる。今に生きようとしても今に生きられないから嘆いているのである。
うつ病になるような人はとにかく今を生きる気力、生産的に生きるエネルギーを奪われている。
ない袖は触れないという。いくら裁判で勝ってもお金のないものからお金は取れないという。
そのような裁判で勝つ事を英語では「Empty victoty」という。
今を生きられない人は、満たされていない過去の要求に支配されてしまっている人である。
過去のさまざまな感情を抑圧している人は、なかなか今を生きられない。
「今を生きる」とは、今の静けさを味わいなさいという事である。自然の音を聞きなさいということである。
「心ここにあらざれ場、見れども見えず、聞けども聞こえず」になる。
だから心を今ここに置きなさいということである。今を生きれば聞こえてくるものがある。匂ってくるものがある。
「今を生よ」とは今に反応せよということである。今の雨の音に聞き入れという事である。
今晴れた空の下に居るなら、その晴れた空の澄み切った空気を味わいなさいという事である。
それが出来ないのは、心のそこに憎しみがあるからである。その過去に引きずられる。
今が不幸な人は過去に生きている。入切る事に疲れた人が、一人の世界に入ってしまうのは、心の底に憎しみがあるからである。
脳と行動の研究をしているアメリカのアーメン博士によると。過去の心の傷に捕らわれている人は脳のシングラートと言う部分が正常に機能していないという。ただ問題はなぜそれが正常に機能しないかということである。
私は荷軋みが原因だと思っている。
手に入らないものを追いかけない
イソップ物語に次のような話がある。
コウモリと、イバラと、カモメが仲間になって、商売をしようという事になった。
コウモリは銀貨を借り、イバラは外套を仕入れ、カモメは胴の塊を持ってきて、皆で船に乗って出かけた。
途中激しい嵐にあい、船は遭難する。何とか助かったが陸に上がった時から、カモメは海岸にいて、並が堂の塊を打ち上げはしないかといつも番をしていた。コウモリはお金を貸してくれた人に見つからないかと恐れて昼間は隠れて、夜になると餌を探しに出かけた。
イバラはと売りかかる人を捕まえては外套が自分のではないかと探した。
過去に捕らわれて生きる愚かさをイソップは見事に描いている。失ったものをめんめんと追いかける愚かさである。
手に入らないものをずーっと追いかける。それで一生を終わる。そういう人が案外多い
自分の失った人生への未練で一生を終わる人は多い。送ろうと思えば、目の前に素晴らしい人生があるのに。
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