適当にしますかぁ
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アイちゃん痛かったどぉ
2007年03月07日 (水) | 編集 |
どうかしたのユウくん?
いやぁそれがね仕事中ヨソ事考えていたら手を怪我してしまった
何考えていたの?
それはね前妻が何で今頃俺の実印を送ってきたのか考えていたんだ
ユウくん直接聞けばいいじゃない
それができれば苦労はしないよ なんか声聞くだけでも怖くてだめだ
そんなに怖い人だったの?
それが違うんだ別れる2年前まではホント優しかった、でもその2年で女の人がこんなに怖いと思わなかった
ユウくん浮気したんでしょう?
いや浮気はしなかったけど飲みには行ったねオネエチャンの居る所に、でも男なら普通だけどなぁ
それが気に入らなかったんじゃないの
いやアイちゃんそれぐらいじゃ別れないよ
じゃあ何なの?
俺達の場合どちらも信じられなくなったのが原因だよ
お互いが信じあえなくなったら夫婦じゃなもんねユウくん
そうアイちゃんの言う通り俺は形だけの夫婦なんてまっぴらゴメンだもんね ってことで心の病スタート

生きるエネルギーを回復すれば世界は違って見える。
周囲の人の中にはあなたを励まそうとして、「あなたはこんなにいろいろの仕事をしてきた、あなたはこんなに頑張ってきた、だから貴方は自分に誇りを持てるでしょう」と言う。
確かに一般的な基準から見ればあなたは長いこと頑張って仕事をしてきた。
会社でも仮定でもいろいろな責任を立派に果たしてきた。
あなたが自分に誇りを持つのは当たり前である。
しかし、貴方は自分に誇りを持っていない。周囲の人から見れば、あなたが自分に誇りを持っていないのは不思議である。
問題はあなたがしてきた仕事の質と量ではない、あなたが果たしてきた責任の重さではない、背負ってきた負担の重さではない。
あなたが果たしてきた、あるいは果たしつつある責任は重い。あなたは一般の人よりも社会に貢献してきた。
でも生きることに疲れたあなたはその自分に今誇りをもてない。
周囲から、「こんなしてきて、凄いじゃないか、誇りに思わないの?」といわれても誇りに思えない。
それはあなたが誇りに感じる心の能力をすでに失っているからである。
普通の人が貴方と同じだけの仕事をしたら自分を誇りに思う。
しかし同じことをしても、あるいはそれ以上のことをしてもあなたは自分に誇りを感じない。
それが生きることに疲れたという事である。あまりにも長い間ストレスに耐えて頑張っているうちに、喜びも楽しみも誇りも何も感じられなくなってしまったのである。
だから生きることに疲れたあなたは、自分についての事実を変えようとするよりも、あなたの心を変えようとすることである。
生きることに疲れたときと、生きるエネルギーを回復した時では、世界は違って見える。
周囲の人も違って見える。自分自身も違って感じられる。
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