適当にしますかぁ
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アイちゃんもう正月おわったね
2007年01月04日 (木) | 編集 |
ユウくんどこかに行ったの?
神社にいっただけ他にはないどぉ
何をお願いしたの?
それはアイちゃんが今年こそは俺の相手してくれますようにと祈願したよ!
ま~それは永遠に無理かもねユウくん
そうかなぁ初夢ではアイちゃんは相手してくれたのになぁ
夢は夢よユウくん
あ~神様来年こそ実現しますように
てことで心の病スタート

目的がないから心は空虚
又打つ病者の感情として、これらのほかによく言われるのが、「立ち上がれないのである」
それは人生の目的がなくて、周りから振り回されて生きてきたからであろう。
自分の人生のに目的があってがんばってきたなら、失敗しても「たちあがれない」という気持ちにはならない。
たとえ失敗しても自分の人生を生きたという充足感はある。社会的に成功しながら、ある年齢でうつ病になる人がいる。
俳優として成功したり、司会者として有名になったりしても、おそらくそれが自分自身の目的ではなかったのだろう。
そういう人は社会的に成功しながらも心の底に深い絶望感があるに違いない。
社会的に成功し、有名になりたいのは、愛を求めているからである。
そして有名になりたかったから、有名になったことで嬉しかったであろう。しかしその人の本来の仕事は例えば司会者ではなかった。
だからある年齢になるとうつ病になるのである。
司会そのものが隙であれば、テレビに出られなくても、楽しい仕事は見つかるであろう。
しかし司会そのものが隙でなく、テレビで有名な司会者になる事が目的であれば、テレビの仕事が終わった時には、跡に何も残されていない。自分自身の目的がなくて長いこと生きてきたから、心の中が空っぽなのである。
医者になったのも、部長になったのも自分の目的ではない周囲のなんとなしの期待からそうなっただけである。
望みそのものがその人自身のものではなかった。
うつ病になるような人は永いこと頑張って生きてきたが、振りかえってみれば自分の心の中は空っぽなのである。
底には達成感も満足感も連帯感もない。まさにうつ病者は空虚そのものである。
外側がどんなにきらびやかであっても、うつ病者をあらわすのはフロム・ラインヒマンが言うように「空虚と憎悪」である。
自分自身の目的を持った場合には、それが手に入らなくてもうつ病者になることはないのではないだろうか。
そこには努力したあとの心の満足感がある。そして周囲とのコミュニケーションができる。
疲れているのにイライラする
生きることに疲れたあなたは、今までとは違って何をやっても無意味感に苦しめられる。
生きることに疲れたあなたは何事にも興味を失っている。
じつは、今までも自分がしている事が好きだったわけではない。
周囲の人からの賞賛を得ていたからエネルギーが沸いていただけである。
生きることに疲れたあなたは、今気力が減退しているのに落ち着かない。
いろいろなことにイライラしている。疲れているのに何でそこまでイライラするのだろうか。
その理由は二つある。一つは自分に満足していないからである。
もう一つは心の底の無意識の領域に憎しみがあるからであろう。
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テーマ:( -_-)旦~ フゥ
ジャンル:日記
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