適当にしますかぁ
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アイちゃんバテ気味だよ
2006年12月20日 (水) | 編集 |
御疲れみたいねユウくん
そう誰も言ってくれないからね
御淋しい事よね
そうかもねってことで今日も続き行きますか
ホナスタート

「憂鬱になってじっと座っている事が」唯一つの感情表現
憎しみを表現できない不快感が積み重なり、それがいつしか憂鬱に変化する。それがどうすることも出来ない憂鬱の感情である。
憂鬱は愛を求めている叫びであるが、同時に表現されない憎しみの感情である。
憂鬱な感情に苦しめられている人が、晴れ晴れしないというにはそのためである。
愛を求めつつ、憎しみを持つ。憂鬱はまさにうつ病の感情的特長である。
憂鬱になっている人は愛を求めているのである。「苦しいね」「辛いね」と優しくいってくれる人を求めているのである。
それを普通の人は憂鬱になっている人を見て「善意」から励ましてしまう。
「今日は晴れているからジョギングでもしてきたら」といってしまう。
しかし憂鬱になってじっと座っている人は愛を求めているので、スポーツをして汗を流す事を求めているのではない。
普通の人はスポーツをして汗を流せば気分爽快になる。
それは心に憎しみがないからである。
憂鬱な人は、「なぜ自分だけがこうなんだ」と言う無念の気持ちをくみ取ってくれる人を求めているのである。
憂鬱になってじっと座っている人だって、好きこのんでじっと座っているだけではない。
どうにもならなくて座っているのである。動こうにも動けないのである。
憂鬱な人にとって、憂鬱になってじっと座っている事が一番楽なのである。
それは憂鬱になっている事で,一番感情表現ができているからである。
憂鬱な人は感情表現が出来ない人である。じっと座って憂鬱顔をしている事が憂鬱な顔をしている事が憂鬱な人の感情表現なのである
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