適当にしますかぁ
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アイちゃん疲れ気味なのでこれだけ
2006年11月19日 (日) | 編集 |
心理的にいえば、うつ病になる人は崖っぷちで頑張って縄跳びをしているようなものである。
普通の人は縄跳びをしていれば楽しい。
外から見えるのはうつ病者であろうと、普通の人であろうと縄跳びをしているということだけである。
縄を回しながら飛び跳ねているのだから、外から見れば楽しく見えて不思議でない。
しか幼児的願望を満たしてくれなかった親
しうつ病者は落ちれば死ぬという崖っぷちで、いま落ちるか落ちないかという危険の中で縄跳びをしている。
うつ病者は幼児的願望が満たされていない。周囲の人から愛されて成長していないからである。
周囲の人から愛されていないどころか、周囲の人は、うつ病者が感情を表現できなくて言いなりになることをいいことに、負担を押し付けてきた。皆で利用してきたのである。
うつ病になるような人は、不当に押し付けられた負担に抗議できない。淋しくて周囲の人から好意がほしいからである。
抗議できないから、こころのそこで周囲に恨みをもつ。
うつ病者はその憎しみを表現できないままどうにもならなくなっているのである。
彼らは実際には動くことが出来ない。何度もいうように、憎しみを持つ相手から愛を求めているからである。
親はうつ病になるような従順な子供の幼児的願望を満たしてやらないばかりか、
逆に自分の感情のはけ口としてその子供を利用してきた。
だからうつ病になる人は親をはじめ周囲に恨みを持っている。しかしその恨みを表現できない。
もしその憎しみを何らかの形で表現できれば、うつ病者もうつ病にならなくて済んだのである。
しかしうつ病者は逆に周囲の人にいい顔をしてしまっている。
だから長年の憎しみが心の底に根雪となって凍りついている。憎しみが心の底にあれば、何をしても楽しくはないのは当然であろう。
うつ病者になるような人は楽しむ能力に欠如している。生きることが楽しくなるためには憎しみを取らなければならない。
根雪のように心の底に凍りついた憎しみを取り去らなければ、彼らは何を得ても喜べない。
長年にわたって憎しみを心の底に堆積させた人は、他人の苦しみだけが喜びになる。
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テーマ:つぶやき
ジャンル:日記
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