適当にしますかぁ
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アイちゃんこれを読んだ人気分が滅入るかな~
2006年10月19日 (木) | 編集 |
ユウくん確かにそれは言えるかもでも避けては通れないもんね
そう人の影の部分はみんな避けたいかも、でもそれをしたら
自分がそうなった時困るもんね
じゃあいきますか
ホナスタート

「自分の不幸に周囲の人が責任を取ってもらいたい」
もう一つの理由は、不幸を訴える人は、それによって周囲の人を責めているからである。
何かいいことがあった。しかし周囲の人から「これで貴方も幸せになれるでしょう」と言うような言い方をされると、彼は面白くない。
彼はここで「私は幸せ」といってしまったら、もう周囲の人や自分の人生に不満をいえなくなってしまうように感じるのである。
ある人は野原を渡ってくる風に当たって、「気持ちいいなー幸せだなー」と思う。
しかしうつ病になるような人は、たとえ「気持ちいいなーと感じても、それだけで「自分は幸せだ」と感じることを拒否する。
「今日は晴れた、快適な気候だ、幸せだなー」とある人は感じる。しかしうつ病になるような人は、それを幸せと感じることを拒否する。
つまり心の憎しみが消えていないから、「幸せ」とは言えない。自分が幸せと認めたら、もう周囲の人を責められない。
自分の不幸を誇示する人は、憎しみがあって人を責めているのである。
もちろん彼らは直接面と向かって相手を責める事はない。しかし心の底で周囲の人を責めているのである。
自分の不幸に周囲の人が責任を取ってもらいたいのである。だから憎しみがある以上、どうしても自分が幸せとは認められない。
うつ病になるような人やノイローゼの人が不幸な状況にしがみつくのは、これによって人を責めて憎しみを晴らそうとしているかである。
周囲の人が、「あなたはこんなに色々と持っているではないか」と言っても不幸にしがみつくのは、憎しみがあるからである。
いま幸せになったのでは憎しみの感情が晴らせないからである。
周囲の人は、彼が復習的になっている事を認識していない。
周囲の人は、彼が自分の運命や世の中や人々に復讐しようとしていることが理解できていない。
不幸を嘆いている人も幸せになりたいと言う気持ちはある。しかしそれ以上に憎しみの感情が強い。
幸せになったら憎しみは晴らせない。
幸せになるよりもまず「この憎しみの感情」をはらしたいのである。
憎しみを持った時に直接相手を攻撃し、復習の行動に出る人がいる。
そう言う人は案外簡単に憎しみの感情を晴らす。根に持たない。
しかし憎しみの行動に出られない人は、不幸にしがみつく。
「私は不幸だ」「私は苦しい」と言う訴えは周囲に対する憎しみを表現した言葉なのである。
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