適当にしますかぁ
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アイちゃん今日は心のケアについてだよ
2006年10月06日 (金) | 編集 |
今日はちょっと俺にも身に覚えがある
ユウくん相手の気持ちを察するのって難しいわね
仕方ないよ人それぞれ違うんだから でも勉強になることは確かだね
じゃあ行きますか ホナスタート

母親の役割は子供のケア
子供が怪我をする「痛い」と言うすると赤チンをつけて、「治るわよ」と言う母親がいる。
もっと酷い母親になると、「これだけの傷でそんなに痛いの?」と言う。
子供は「痛い」ということを言っているのではない。「痛いけど僕は頑張っているぞ。
偉いだろう、凄いだろう」と訴えているのである。母親にその「強い自分」を認めてほしいのである。
軽い傷を大げさに騒ぐ子供は、決して「痛いのを治してくれ」といっているのではない。
そこを間違えるから子供はいよいよ騒ぎ、すねる。
熱があるというとすぐに解熱剤を飲ますような母親がいる。これでは母親ではなく、医者である。
医者の役割と母親の役割は違う。母親の役割は心のケアである。
何かにつけてマイナスの発想をする夫がいる。例えば、「今の時代俺の会社もリストラの嵐で人手不足で大変だ。
もうじき俺も倒れるかもしれない」という。すると「少しは休めないの?」とか
かくかくしかじかのようにプラスの発想をするべきだという妻がいる。
夫が求めているのは妻の対策やプラスの発想ではない。「そんな物凄い時代に、リストラの嵐の中で頑張っているあなたは凄い」
と妻に認めてもらいたいのである。人がマイナスの発想をするのは、認めてもらいたいからである。
愛情飢餓感がマイナス発想の原点である。
物事の解釈の中にその人の心の底の感情が表現される。人がマイナス発想をした時に、そのことを考慮にいれないで、
「こういうプラスの発想をするべきだ」といえば、相手を不愉快にするだけである。
人は理由もなくマイナスの発想をするのではない。プラスの発想プラスの発想と騒いで、いよいよ相手を不愉快にするひとがいる。
本人はマイナスの発想をする相手を励ましているつもりだが、
実際にはいよいよ相手のやる気をなくさせ、落ち込ませ、不愉快にしているだけである。
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テーマ:
ジャンル:日記
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2006/10/07(Sat) 20:34 |   |  #[ 編集]
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