適当にしますかぁ
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
アイちゃん今日は長いかも
2006年09月30日 (土) | 編集 |
今日は俺の考えと同じことが書いてあるよアイちゃん
ユウくんなんなの?
それはね愛は偉大なりってこと
また弩スケベなこと考えているんでしょ
違うよ弩スケベな男ほど愛に溢れているいるということだよ
じゃあ行くかねぇ
ホナスタート

葛藤は重みとなって心を疲れさせる
「役割間葛藤」と「役割内葛藤」と言う言葉がある。
「いわゆるうつ病性自閉をめぐって」という木村敏氏の論文の中に次のように説明されている
役割内葛藤とはある地位への執着と、その地位への不安である。
「役割間葛藤」とは父としての役割と課長としての役割としての役割の調整の失敗などである。
ある短い期間、活動的な人は多い。それは短い期間では「役割内葛藤」が生じてこないからである。
「役割内葛藤」の典型的な例は昇進うつ病である。昇進したいが、昇進した後に仕事がこなせるか不安である。
葛藤は人の能力を落とす。葛藤は「役割間葛藤」であれ「役割内葛藤」であれ能力を発揮することの障害になる。
葛藤を持っていることは物凄い荷物を持って歩いているということである。
「人生は重荷を背負って坂道を歩いて行くようなものだ」と徳川家康は言ったが、現実の重荷ならいいが、心の葛藤をという心の重荷だと、ほとんど確実に何らかの挫折がまっている。
心の葛藤をもっている人は、外から見ると何も背負っていないように見える。
しかし見えない重荷を持っているからいつも疲れている、活動的ではない。
実はそういう人は、体に鞭打って会社に行っても先は開けていない。
待っているのは挫折である。ひどい時には「燃え尽き症候群」にかかり、燃え尽きる、あるいはうつ病になる。
最後にものをいうのは人間としてのやさしさ
だからうつ病になる人は、会社の仕事を少しはさぼっても心の葛藤を解決する事を考えることである。
小さな頃から真面目人間すぎた人は会社を休んで少しは遊んだ方が長い人生を考えれば効果的な時間の使い方となる。
出世が少し遅れても最後にはそのほうが会社でも伸びる。
「役割内葛藤」とは、父としての役割と課長としての役割の調整の失敗などであると先に書いた。
挫折する人は、父親としての仕事に時間とエネルギーを使うことは課長としての仕事の障害になると考えている。
実はこの考え方が、長い人生での挫折の一原因でもある。
仕事も最後には人間としての器量がものをいう。
新入社員の頃は英語が出来るとか、字が綺麗だとか、数字に強いとか、コンピューターの操作が上手いとか、
細かい事務が得意だとかいうことがものをいうかもしれない。
しかし、次第に重い責任を背負わなければならなくなってくる。そうなった時に大切なのは人間としての器量である。
そこには父親としての仕事を果たす間に培われるものである。
若い頃友達と野山を歩いた時に身につけたものも大切になる。
恋人との付き合いも知らず知らずのうちに人を心理的に成長させる。
最後にものをいうのは人間としてのやさしさである。
心のふれあえる人間になっているかどうかということである。
つまり心のあふれかえる人間には心の葛藤がない。「ない」といって言いすぎなら少ない。
心のふれあえる人間には葛藤が少ないから、ストレスで負けるという事が少ない。
うつ病になるように生きてきた生き方を改める。
少し難しい言葉を使えば、役割アイデンティティーだけで生きてきた人は、その重い責任からくるストレスを乗り越えれない。
それに対して、きちんと自我アイデンティティーを持って生きてきた人はその困難を乗り切れる。
役割アイデンティティーが優勢なのは憎しみがあるからである。
先の論文に、「真の恋人同士の間には、役割アイデンティティーの入り込む余地はない」と書いてある。
ここで大切なのは「真の」というところである。
打算的な恋愛では役割アイデンティティーは大切である。自分のアイデンティティが主任だとか課長だとか言う役割アイデンティティー
が中心であれば、相手を見るときも役割アイデンティティーで見る。しかし真の恋人同士の間ではそれがない。
重い社会的責任を果たす時には誰でもストレスを感じる。
そして若い頃、真の恋愛をする中で身につけたものがそのストレスに対処する時にものをいう。
役割アイデンティティーだけで生きてきた者にはこのストレスは時には耐え難い。
不安な緊張で消耗し、ろくに仕事も出来なくなる。仕事の能率が悪くなるから余計焦る。悪循環である
昇進うつ病になる人は、昇進うつ病になるようにいきているのである。
だからうつ病になった時には、今までの自分の生き方をもう一度ゆっくりと反省する時なのである。
自分の人生に与えられた熟考の時間として捕らえることである。「今うつ病になって良かった」と思うことである。・・・つづく

スポンサーサイト
テーマ:
ジャンル:日記
コメント
この記事へのコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2006/10/01(Sun) 00:58 |   |  #[ 編集]
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。