適当にしますかぁ
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アイちゃん無理をしているひとが沢山いるね
2006年09月30日 (土) | 編集 |
人それぞれペースが違って当たり前なのになんで人は横並びでないと
気がすまないんだろう?わからん
ユウくん一人じゃ不安になるからじゃないの!
それは言えるかもね 人間一人ひとりはすぐに倒れそうなくらい弱いもんなぁ ライオンにはなれんわなぁ
っことで今日もつづきだよ

良いこの悲しみ
子供が「自分で自分を守る」とは、相手のお気に入りになることである。それがいわゆる「よい子」である。
心の葛藤に苦しみながら社会的には過剰に適応している。
このいわゆる「よい子」は対価なしに何かをしてもらえるという体験がないのである。
自分が何らかの犠牲を払わなければ人は自分に何かをしてくれないと感じている。
だからいつも人の機嫌に怯えているのである。無力な子供は人の機嫌を損ねたら自分は生きていけないと感じている。
そこでいつも周囲の人の機嫌に怯えている。無力な子供は人のお気に入りになることでしか、自分の生存は維持できない。
大人になってからは違ってくるかもしれない。
しかし、すでに大人になった時にはそのような感じ方のニューロンのネットワークが出来あがってしまっている。
だから大人になってその人の周囲の現実は、小さい頃と違っていても、その人の感じ方は変わらないのである。
その人の周囲の人への怯えは小さい頃と変わりない。怯えながら生きる一日は膨大なエネルギーを必要とする。
あまり社会的に活躍していない人が「生きることに疲れた」と言えば、心理的に健康な人は「そんなに色々なことをしているじゃないか」
と思うかもしれない。しかし一日を生きるエネルギーは人のよって違うのである。
安心感のある人が仕事をすればエネルギッシュになる。不安に怯えている人は何もしないでも疲れる。
生きているだけで消耗する。働くことでエネルギッシュになる人と、働くことで消耗する人がいる。
自分の本性を否定すると生きるエネルギーを失う
ヒルティの「幸福論」を読んでいたら、最も活動的な人間の一人であるリヴィングストーンは、
「神のために働く時、額の汗は神経強壮剤」と言っていると書かれていた。
働く事で、ますますエネルギッシュになる人と、うつ病になる人のように、消耗してしまう人と何処が違うのか。
それは自分の本性にそって自己実現している人と、自分を欺いて無理をして頑張っている人の違いである。
うつ病になる人は後者である。
長い期間にわたって最も活動的な人間は、その年齢にふさわしい心理的に成長した人間である。
自己実現の人である。「神にために働く時、額の汗は神経強壮剤だ」と言う言葉の当てはまる人である。
「神のために働く」とは、自分が周囲の人から褒めてもらうために働いているのではない。
それは自分への執着がない、そこが強いところである。
「神のために働く」人にはストレスが少ない。自分のできることを必死でしているだけだからである。
だから活動的でもあるし、持続もする。
うつ病になるような人の努力は自分の本性を否定する努力だから、努力すればするほど消耗する。生きるエネルギーを失う。
フロムは神経病の一症状としての「神経的非利己主義」といっている。
こういう人には愛がない。何をするにも見返りを求めている。
これに関連して例えば抑うつ、疲労、働くことへの無気力、愛の関係の失敗などをあげている。
神経的非利己主義者はこういう症状に悩んでいるとフロムは言う。
これは、無理をして自分がなくなることから出る症状であろう。このような人は憎しみに満たされている。
神経症的非利己主義の人は、なぜこういう症状、つまり生きることに疲れるのか。
それは自分がチューリップなのに、タンポポの花を咲かせようとしているからである。
だから自分は努力しているのにいつまでたっても花が咲かない。他の人はそれぞれ自分の花を咲かせている。
他の人はそれぞれに自分の目的を持って旅立っている。
しかしこういう人はいつも同じ駅にいる。だからうつ病の症状が出るのである。・・・・・つづく
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