適当にしますかぁ
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アイちゃんキツイかなー
2006年09月25日 (月) | 編集 |
ユウくん仕方ないわよね 人間の本心ついてるだもん
そう誰だっていつかは訪れる 不幸になった時どれだけ
心を落ち着かせることができるかで運命は変るはずだよ
って事で今日も家族とは何か核心にせまろうかな
ホナスタート

親子の役割が逆転する。
「過剰なる虚位の愛」と言う言葉が「疑わしき母性愛」ヴァン・デン・ベルグ著」にでてきた。
この過剰なる虚偽の愛とは「親子の役割逆転」をしている親の愛のことである。
親がいろいろなことをする。でもそれは全て子供の反応を期待しているからである。
だから、子供は親の期待する反応をしなければならない。これによる子供の心の傷は想像を絶するほど大きい。
放任されて育った子供はまだ良い。親の愛がゼロだからである。
しかし愛を与えられるのが自然な時に、逆に愛を搾取されたことによる悲劇は、人間の想像力を越えるものがある。
憎しみの感情が心の底に堆積し続ける。
それよりも大きな悲劇は、この「親子の役割逆転」に苦しめられた子供の心の傷は、多くの場合、
周囲の誰からも理解されないということである。
と言うのは「親子の役割逆転」をしている時には、外から見るとその親子関係はうまくいっているように見えるからである。
そして、「あのようにご立派なご両親のもとで」となりかねない。
事実、「親子の役割逆転」をして、子供から愛を搾取している親が、社会的には立派に職責を果たしている場合も多い
地域社会の模範的な家庭から政治的過激集団に入る兄弟が出る場合がある。三人の兄弟が全て入った例もある。
彼らは社会に向かって鉄砲を打ち続ける事で憎しみの感情を吐き出しているのだろう。
吐き出す事で自分の心を癒しているのだろう。
心の傷を癒そうとするときに、暴走がはじまる。
心の傷がないものがどうして暴走などするものか。
しかしそのような犯罪を犯せない抑制型の人は、その憎しみの感情を吐き出す機会がない。
そういう人は心の葛藤でエネルギーを消耗する。生きることに疲れる人はこのタイプである。
「親子の役割逆転」という形で、親から愛を搾取されている間に、子供は敵意、憎しみ、恐怖、恨み、不安と、
あらゆるマイナスの感情を心の底にためてしまう。
それが大人となってからその人を動かす。それはどうしようもないものである。
雨が天から降るように、どうしようもないものである。
それを抑えれば打つになるしかないだろう。うつになる以外に方法はない。
愛されて育った人にこの気持ちを理解してくれと言っても無理な話である。
生きることに疲れた人は、なぜ生きることに疲れたのかをなかなか理解してもらえない。・・・つづく
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テーマ:なんとか生きてます
ジャンル:日記
コメント
この記事へのコメント
ユウくん

そのとおり・・・・・。誰にも理解されない・・・・。
2006/09/27(Wed) 21:25 | URL  | 蘭 #T3qVJJU.[ 編集]
蘭さん

クヨクヨしないで

理解させようと思わないでよ
理解している人もいるから!
2006/09/27(Wed) 23:33 | URL  | ユウ #-[ 編集]
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