適当にしますかぁ
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アイちゃんもう散ってた
2007年04月11日 (水) | 編集 |
ユウくん何の事?
アイちゃん桜の事だよ もう散ってたナンという早さだ 桜見ながら飲もうと思っていたのに早すぎるどぉ
残念だったわねユウくん
まっいいか 若い桜ちゃんでも見ながら飲むか
ユウくんそれって女の子のことじゃないの?
いいや 人の体をもった桜だよ
ってことでホナ心の病いきますか
ホナスタート
孤独な決断をせよ
愛に恵まれたものが、愛に恵まれないものを裁く事が許されるのか?
心理的に病んでいる人には、心理的に病んでしまう理由があって心理的に病んでいるのである。
誰も好き好んで心理的に病んでいるのではない、心理的に病んでいる人も、避けようのない運命のもとに苦しんでいるのである。
誰だって派はなるものをもった優しい母親のもとに生まれ、可愛がれて成長したい心理的にも、経済的にも豊かな環境の中で成長したい。
しかし残念ながら自分の運命を選択できない。与えられた運命を生きるしかない。
したがって、不幸な過去から抜け出し、「今を生きる」ための唯一の方法は決断である。
先に述べたように、「人生とはこういうものであったか、人間とはこういうものであったか」と学び、そして「ならば私は今からはこう生きよう」
と言う決断である。それは孤独な決断である。
アメリカが二〇〇三年にイラクとの戦争に突入していく時に、アメリカのテレビは、「ブッシュ大統領の孤独な決断」と言った。
そして私の見ていたCNNテレビは、記者会見を終えてお付もなく、たった一人で赤い絨毯を歩いて去っていくブッシュ大統領を映していた。
確かにその後姿はには華やかさはなく、好けるような孤独がにじみ出ていた。
確かにアメリカ大統領決断は、多くの人の生死を決める孤独な決断であろう。
おそらくリーダーには、誰でも多かれ少なかれそのような決断があるのだろう。
しかし、孤独な決断をしなければならないのは、何もリーダーばかりではない。
リーダーとはまったく異質であるが、母なるものをもたない母親のもとに生まれた人もまた、孤独な決断をしなければならない。
それは生きる能力を奪われたものの「それでもなお、生きるための決断である」
生きる力は本来他者から与えられものである。
その生きるエネルギーを与えられていないものの、「それでもなお、生きるための決断」である。
本来絶望と恨みの中で死んでいくのが人間の心理として当たり前のものが、「それでもなお、生きるための決断」をするのである。
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