適当にしますかぁ
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アイちゃんもうひな祭りの季節だよ
2007年02月25日 (日) | 編集 |
そうねもうすぐ春なのねユウくん
アイちゃんでも今年は春が待ちどうしいと言う実感がわかないね
そうね今年は暖かすぎたかもね
そうだよなぁなんせ雪なんか一日も積らなかったし氷も全然張らなかった冬があったんだという感覚もないしね
まあ来年こそまともな冬がきますようにってことで
ホナ心の病スタートしますかぁ
明日しぬとしたら今の自分は何をするか
生きることに疲れたあなたは、休みながら三つの事を自分に質問してみる事である。
一つは、もし貴方があ親しんでしまうとなったら、いま自分は何をするか?
その人たちに気に入られるために最後の力を振り絞るだろうか。もう一度疲れた体に鞭をうつだろうか。
そうではないだろう「このイヤーな人のことなんかどうでもいい」と思うのではないか。
人生は一度しかない。本当に一回なんだよ。本当に人生は一度しかないと思ったら、自分を無理に欺いて、人に迎合するだろうか。
あなたは今まで、「人生は一度しかない」と本気で思ったことがないだろうか。
もし「この人生は一度しかない」と本気で思ったら、あなたは生き方が違ってくるだろう。
「この人たちとどう言う人間関係で終わるのか」
次に、今付き合っている人について、「この人たちとどう言う人間関係で終わるのか?」と考えてみる。
この人は自分が年をとったら世話をしてくれる人か?自分が自動車事故にあったら面倒を見てくれる人か?
そう思ってその人達を見たら、誰が誠実か、誰が不誠実かが少しはわかるかもしれない。
「自分は今まで何をしてきたのだろう」
最後に、自分の胸に聞いてみる事は、先ほど書いた寓話の中の亀のように、「自分は今まで何をしてきたのだろう」とかんがえたことがあるかということである。
考えた事がない人も多いのではないか。普通は生きることに疲れたなら、そういう自分に問いかけておかしくはない。
疲れ果てて一人ぽつんと、「いったい、俺は今まで何をしてきたのだろう?」
と考える時があるほうが自然だろう。生きることに疲れたあなたが、それを口に出さないとすればどうしてだろう。
そう考えない貴方は、いまだにその人たちの期待に応えられないことを恐れているのか、あるいはその人たちを恨んでいるかだろう。
では逆にどう言う人がそれに口を出すだろう。もしある女性が、好きな男性のために自分の人生をかけて愛したとする。
そしてその恋愛は失敗した。その女性の努力は何も生み出さなかった、相手は幸せにならなかったし、自分も今幸せではない。
そうであれば、その女性は、「今まで何をしてきたのだろう?」と落ち込まないだろうか。
その女性は自分と間違った生き方をしていないと、その時までは思っていたのであろう。
この努力はきっとうまくいくと思っていたのであろう。そう確信していたのに、その予想がはずれた。
そこで、「どうしてこんな事になってしまったのだろう」と嘆く。この女性がこのように嘆くのは自然である。
しかしあなたはこの女性と同じように努力してきた。そして同じように、「自分は間違った生き方をしていない」と思っていた。
しかし今あなたは生きることに疲れた。どこに違いがあるのか?この女性は相手を愛していた。
相手の幸せのために頑張ったそして自分の人生をかけたのに、相手は幸せにはならなかった。
そこで、「自分は今まで何をしてきたのだろう?」とかんがえたのである。
しかし、あなたがこのように自分に問いかけなかったとすれば、それはあなたがこの女性のような生き方をしていなかったからである。
あなたもこの女性も努力した。女性は相手のために努力した。しかしあなたは、自分が人からもらうための努力だったのではないか。
それは自己執着努力ではなかったか。

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アイちゃんペプシのバナーとれないよぉ
2007年02月18日 (日) | 編集 |
ユウくんペプシのバナーって何なの?
アイちゃんペプシのゲームをクリアするとゲームのバナーがもらえるんだよ
じゃあクリアすればいいじゃなのユウくん
それが全然クリアーできないんだよ やっぱ俺ドンくさいのかなぁ
それは言えるかもね女性に対してもどんくさいしね
そんな~アイちゃんつれないこと言わんといてよぉ
てことで腱鞘炎になるまえに心の病ホナスタート
生きることに疲れることで、考えが深くなる。
生きることに疲れたあなたはもしかしたら逞しくは慣れなかったかもしれないが、生きることに疲れることで、考えが深くなった。
この時期を乗り越えれば、前に比べて考え深く、思いやりのある人になっている。
あなたは人に迎合して生きてきた、その結果自分には不誠実に生きてきた。
これからは自分に誠実に生きることである。そうすれば自然と人には誠実になる。イソップ物語風に考えてみよう。
亀がカエルと遊んでいました。かめは小さな魚を取ってはかえるに分けてあげました。
かえるが喜ぶと亀は嬉しくなりました。帰ると遊んでいたかめは気がつくと海からずいぶん離れていました。
そして、あたりが暗くなっていました。カエルは好物の蚊を美味しそうに食べています、かめはそれを眺めるばかりです。
「自分はいったい何をしていたのだろう。カエルは食べ物さえ分けてくれない。分けてくれても蚊は食べられない。アー、どうしてこんな所まで来てしまったのだろう」と亀は悲しんでいます。亀はもう大人になっていて、今からではかえるの世界には溶け込む事はできません。
苦労してついてきた自分は何をかえるに求めていたのか、この時期初めて気づきました。
それは誰でもいいから、淋しい自分をなぐさめ欲しかったのです。
亀は生みの友達も嫌いで、誰でもいいからその場を楽しませてもらいたかっただけなのです。
それがもっと早く分かっていれば、かめは自分にあった相手を選んでいたはずです。
結局亀は寂しさが原因で、今、たった一人ぼっちで寂しく野原にたたずむという事になってしまいました。
生きることに疲れた人はこの亀と同じである。淋しい人は誉められることが嬉しい。
人が自分に注目してくれることが嬉しい。そこで自分を見失う。
亀が自分を知っていれば、自分のエリアの中で心楽しむことが出来る自分を持っていれば亀はカエルを深追いしなかったであろう。
自分の生き方に地震があれば、かえるに迎合しない。そんな頼もしい亀をみたらきっとかえるのほうが歩みよってくる。
小さい頃「よい子」であった子供が大人になってから挫折する時も同じである。
親の期待を実現するために頑張って官僚になったとする。そして四十歳になった。
その時に自分は官僚に適していないと分かった。しかし「この年になってもう大学卒業と同じように新しい所には就職できない」と思う。
それは亀が「アー、どうしてこんな所まで来てしまったのだろう」と悩むのと同じでる。
そうなった時に、中には自殺する人さえいる。自殺まで行かなくてもうつ病になる人もいる。
うつ病にならなくてもノイローゼになる人もいる。投げやりになってしまう人もいる。
四十歳になる前十七歳で事件を起こしてしまう人もいる。皆どうしていいのか分からなくなってしまった人々であろう。
そんな事を考えながら人の一生は、あっという間に終わる。ボクシング

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ちゃ
2007年02月15日 (木) | 編集 |
ユウくん暑いと言ったり寒いと言ったりワガママねぇ
アイちゃんでもこれだけ気温の変化が違うと体が対応できんどぉ
仕方ないわよ自然が相手だもん
ま~しょうがないか 
てことでホナ心の病スタート

自分を軽く扱う人は心の中で切れ
こうした事がいえるのは、何も搾取、被搾取の関係においてばかりではないだろう。
あなたを傷つける人間関係一般について言えることである。
私たちは自分を馬鹿にする人に腹を立てる。そしてときにばかにされて惨めに感じる。
だがこれとても同じ事である。自分を馬鹿にする人に対してイライラしたり、悔しい思いをする事はないのである。
人は、自分を馬鹿にする人に対してイライラしたり、悔しい思いをすることはないのである。
人は、自分を馬鹿にしたり軽く扱った人を見返したいと思ってしまい、逆に執着することがある。
それは自己蔑視する人は、自分が人から軽く扱われることを心の奥底で受け入れている。
だから自分を軽く扱う人を粗末に扱えない。なかなか「こんな奴ら」と思えない。
しかし、自分を軽く扱った人が居れば、当然、「この人たちと付き合ってはいけない」と思わなければおかしい。
「この人たちとは早くこの縁を切ろう」と思うのが自然である。
自分をあざけった人に執着してはいけない。自分を軽く扱う人は「切れ」。
軽く扱われたことにイライラする事はない。つまり搾取されている時と同じで、心理的に深く付き合っているから、腹が立ったり、悔しかったり、惨めだったりするのである。心の中できってしまえば課、彼らなど、どうということはない。
いったん離れてしまえば、彼らの態度や言葉に傷つくのが不思議に思えてくる。
ずるい人と別れれば自身がつく
そして次のことに気がつく。つまりあなたをそれで馬鹿にする人は、それしかないという事である。
肉体的強さ、学歴、お金など、さまざまな事を自分が持っているという事で、持っていない人を馬鹿にする。
持っている人は、持っていない相手を相手をバカにする。
しかし例えば学歴で人をバカにする人は、学歴しか自慢する事がない人である。
自分をバカにする人は、学歴しか自慢する事がない人である。
自分をバカにする人などに執着しても、自分に何かしてくれるというのであろうか。
そんな人は何人集まっても力にはならない。
今生きることに疲れているあなたが、ずるい人と別れることがあなたに与える自信は
はかり知れない。
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アイちゃん俺に愛を!
2007年02月11日 (日) | 編集 |
ユウくんひょっとしてチョコのこと?
ン~チョコよりもやっぱ生もののほうが
だから私には心と体を捧げる人が居ると言ってるはずよ
ま~義理チョコぐらいなら考えてあげるわ
チョコではガマンできんどぉ
ってことで心の病続きホナスタート


別れてみると事実が見えてくる
自分を頼りなく感じる人は、生きていこうとすれば一人でも生きていけるのに、一人で生きていけないと感じてしまう。
そして一人で生きていけないと思うと、一人で生きていけなくなる。
いったん別れてみれば、自分にとってディメリットだけと言う人にどうしてあそこまで御世辞を言い、貢ぎ、恐れていたかが不思議になる。
でも迎合している時はそれが解らない。自分にとってディメリットだけという事は、相手にとってメリットだけという事である。
しかも相手のほうが威張っている。メリットを与えている側が、メリットを得ている側に卑屈に迎合している。
人から。搾取されている時には、どうしても事実が見えない。いったん離れてみれば、「俺は何て馬鹿な事をしていたのだろう」
と不思議になる。しかしこうした構造は離れてみないと理解できない。
離れてみると、その人とはなれていることが「得している事ばかり」である事に驚く。
しかし、付き合っているときには、その人と接すると自分が「そんしている事ばかり」である事に気がつかない。
離れてみると、その人から離れてても何の不都合もないことに気がつく。
その人とはなれていても困る事はない。その人たちは努力せずに幸せになる事ばかりを考えている人たちだからである。
それなのに、不思議な事に、付き合っているときには、なんだかその人とはなれると何か「困る事が起きるような気がする。
そして嫌々ながらもなんだか分からないが、付き合っていなければいけないような気持ちになる。
yu

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アイちゃんなぜだろう
2007年02月07日 (水) | 編集 |
どうかしたのユウくん?
ん~どういうわけか今年は氷が張らないなぁ 毎年冬になるとスリップして車が一回転して事故るのに やっぱり暖かいのかもなぁ
事故らないからいいんじゃないのユウくん
でもやっぱ冬は寒くないと面白くないどぉ
ってことで心の病続きスタート

搾取されているのに迎合してしまう
つまり搾取されている時に、人は搾取されていると言う実感を持たないのであろう。
逆に自分を搾取している人を「その人なしに生きることはできない」と錯覚してしまう。
人は搾取されるつどに、自分を頼りなく感じるようになる。自分は誰かが側にいないと生きていけないように感じる。
誰かと「つるんでいなければ」生きていけないように感じる。
その側にいる人が自分を搾取する人であっても、その人がいるから生きていけると錯覚する。
搾取されてしまうと、搾取されることが当たり前のことと感じ始めてくる。そこが恐ろしい事なのである。
相手に貢だけの関係なのに、相手がいなければ自分は生きていけないような錯覚に陥る。
人は今あるものが何であれ、それがなくなると思うとき、不安になる。
別れてみれば、「何であんなやつに迎合していたのだろう」と驚くのだが、迎合して貢いでいるときには、それに気がつかない。
貢げば貢ほどそれが当たり前のことになる。貢げば貢ほど自分が頼りなくなってくる。
それはアメリカの偉大な精神医学者カレン・ホルナイがいうように、不安から人に迎合すれば、その結果は頼りなさである。
迎合するとなんとなく自分が頼りなくなって、その相手がいないと生きていけないような錯覚に陥る。
自分にとって何のメリットもない人に迎合する。その人と付き合うことは自分にとってデメリットだけと言う人でも、
いったん迎合してしまうと、その人が強い人に感じてくる。
「相手に対する自分の行動が、相手をどう思うかを決める」と言うアメリカの精神分析医ジョージ・ウエインバークの言葉はその通りである。
客観的に見れば、相手は強くない人である。しかし自分が迎合すると、相手が強い人に感じられてくる。
自分が相手にどう言う態度を取るかで、相手がどう言う人に感じられかが決まってしまう。
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アイちゃんホント今年は暖かいね
2007年02月04日 (日) | 編集 |
ユウくんが何か悪い事して自然がオカシクなったんじゃなの?
たしかにアイちゃん俺も悪人のひとりかもなぁ ゴミの分別なんか面倒くさくてやりたくないし、寒いとすぐにエアコンを28度ぐらいにあげるしなぁ
28度って高すぎないユウくん!
たしかに高いわなぁ よし明日から27度にするかぁ
一度さげたぐらいでどうするのよ!もっと下にしなさいおし置きするわよユウくん
お~ひさしぶりだなぁ もう少し下げるか後一度だなぁ
ってことで心の病続きホナスタート

惨めな人間関係の牢獄から逃れよう
生きることに疲れたあなたは、今人間関係を整理する時なのである。
生きることに疲れて休むあなたにいらいらする人と関係を切る時期なのである。
あなたが休めば、あなたの人間関係が分かる。誰が誠実で、誰が不誠実かがわかる。誰があなたを利用しようとしてあなたに御世辞を言っていたのがわかる。疲れて休んでいる事があなたの人間関係にとって望ましいのである。
疲れて休まなければ、あなたの周りで誰がずるい人で誰が誠実な人なのかという事が解らない。
じつはもしあなたがこの機会に今までの搾取的な人間関係を切れれば、あなたは自分に自身がつく。
生きることに疲れたあなたは、今惨めな人間関係に閉じ込められている。今その牢獄から逃れる良い機会なのである。
ある生きることに疲れた人が、人間関係が変った後で私に、「あの人たちと別れてから、日々自分が強くなっていくように感じ始めました」と言った。今元気になったその人も、別れた当時何かよくないことが起きるような気持ちになったこともあったという。
今は元気になったその人も、別れた当時何かよくないことが起きるような気持ちになったこともあったと言う。
アメリカに「親しさからの逃走」と言う本がある。
その著者は、人は搾取される人間関係から逃れると、心配で、神経質になり、物凄く警官深が強くなると述べている。
不思議なもので、人はどんな不利益な事でも長くそれにしたがっていると、それが当たり前となり、それがないと自分が不確かになる。
著者が患者に、「搾取者から離れなさい」と言ってもそのアドヴァイスは有効ではないと言う。
長く搾取されていると搾取されたいる方が安心する。独りになるよりも搾取されている方がまだよいのだろう。
しかし分かれることが出来れば、心理的事情は一変する。時がたてば立つほど自分に自信がわいてくる。
そして、「自分は、何ですべての意味においてそんする事をしていたのだろう」と思うようになる。
と同時に、あなたは、「あの人たちは、私と分かれてそんしたなと思っているに違いない」と思うようになる。
「あの人は宝物をなくしたと思っているだろうな」と思える。
生きることに疲れたあなたが、今あなたを取り巻いている人と別れてそんする事は何もない。
ずるい人たちとの人間環形が切れれば、「これは一方的によいことばかりだ」と言う気持ちが日増しに強くなる。
その人たちを遠くから見るたびに「分かれてよかった、もう損をすることはない」と言う気持ちが強くなる。
「もう搾取されない」と言う安心感が心に広がっていく。
御風呂

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